尚也のあの頃私は若かったひたすら設定6狙い
こんにちは
尚也です
今回も、ご回覧誠に有難う御座います
今回は『あの頃私は若かった』です。
良くある昔話ですが、人の振り見て我が振り直せでご覧いただけると嬉しいです。
では、早速。
[ひたすら設定6だけを求めて!の巻き]
クランキーコンドルやタコスロといった超技術介入機の全盛時代が終焉に近づく頃、時代は「大量獲得・CT」へと移ろうとしていました。
私はその頃のことを非常によく覚えています。
何故かというと、大量獲得やCTにより、設定6機械割119%以上の機種が続出してきたからです。
先陣を切ったのは「ウルトラマン倶楽部3」。
その後も「設定6119%~」という機種が続出し、新機種が出るたびに胸が踊る、そんな時代でした。
この時代の“119%以上”というのは、完全フリー打ち時の機械割です。
CT機や大量獲得機でそのような打ち手はいませんので、実質的な割は格段に上がります。
実際にウルトラマン倶楽部3は約140%程度だったと記憶しています。
(間違ってたらごめんなさい)
このような状況下で誰もが夢を見るのは
『設定6を打ちたい』ということです。
ひとたび掴めば5000枚以上なんてあっという間。
これ以前のノーマル機種で最も割が高かったのが「サンダーV」で117%だったと思います。
しかも、ほぼノーマルAタイプですから、5000枚なんていうのは夢のような話だったのです。
実際に、私もこの時代までは5000枚出したのはBモノ以外ではありませんでした。
それが、下手すれば1万枚も狙えるスペックが続出してきた訳です!
もう、ドッキドキです!
「どれだけ出るんだろう?」
「ウルトラマン倶楽部のBIG143分の1ってなんじゃそりゃ?」
「朝から打って、設定6だったら授業サボろう」
そんな事ばかり考える毎日。
私はハイスペック機の未だ見ぬ設定6にもうメロメロ。
で、こうなると、人はどのような動きになるのか。
それは『毎日ひたすら設定6を期待して打つようになる』です。
私も当然のようにひたすら設定6を期待して、店に足を運ぶ毎日です。
ただ、この時の私は「あまーい技術介入時のだらけた店選び」が染みついてしまっていました。
今までコンドルやタコスロを打っていた店で適当な台選択で打っていたのです。
そんな適当な行動を取るくせに
「今日こそは設定6だ」
「出足は悪いが今から・・・」
なんて毎日期待感だけは一人前でした。
ただ、そんな状態で当然結果が出る訳もありません。
確かに当然です。
そのようなハイスペックの設定6など、ほとんど入る訳ないのですから
それに気づいて店の選択肢を増やし、以前のようにデータ取りも復活させたのですが、なんか様子がヘンです。。。
『設定6なんてどの店もほぼ使っとらんやないかーっ!』
そうです。
気付いてしまいました。
しかしある店で、本当にたまーにではありますが、ウルトラマン倶楽部3に設定6らしき台が存在することも確認できました。
ただ、分析の甘かった私には、設定6を入れるタイミングが何時なのかということまで把握する力はありませんでした。
『でも、設定6が打ちたいんです!』
じゃあ、どうする?
『そりゃー通いますとも、毎日!!』
店の上げ下げのおぼろげな傾向くらいは掴んでいた私は、その日にあるか無いかも分からない設定6を探して貢ぐ日々が続きました。
その店でパイスペック機種
(ウルトラマン倶楽部3)に設定6が入るのはどの店でも月2回程度。
そして、傾向に合う台は日に平均で3台程度。
ということは、単純計算で毎日座ったとして、3カ月で2回は設定6を打てる計算になります。
ただ、イベントがほぼ無い店だったため、店がどのタイミングで出してくるのかまでを意識することは当時の私には出来ませんでした。
けど、通いますよ!
だって『設定6が打ちたいんだもんっ!!!』
今日も明日も明後日も。
設定6が打てるまでぇぇぇっ!!
結局、この戦略を馬鹿にみたいに続けてしまった私
の若かりし時代
確かに、1回だけウルトラマン倶楽部3の6らしき台を打ちました。
8000枚も出ました。
最高記録枚数を更新もしました。
とっても楽しかったです。
ほんとにたのしかったぁぁ。
けど、、、、
それまでに20万以上は負けましたが、何か????(←あほの子です)
今の私が、当時の負けた要因を振り返って分析してみると、
「店側が出す時期を考慮しなかったこと」
「設定6で無いと判断した段階で、幾ら良さ気な台であっても捨てていた」
「狙い台以外であっても、確率の良さ気な台はひたすら手を出していた」
ということだったと思います。
ただ、それほど魅力があったんですよね。
そして、その魅力(魔力?)に溺れてしまった、まだ若かった頃の私なのでした。。。
ただ、こんな悲惨な体験をしたにも関わらず、この後も度々同じような行動を繰り返してしまう、あほな私だったのです。
「設定6なんて狙わなくとも勝てばよい」
そう思い始めたのは
つい2年前の事でした。